poihoi’s writing

ぽいほいの書き物

お巡りさんあなたは確かに正しかった

これはまだ折り畳みの携帯電話が主流だった頃の話。

 

スマホになった今でもそうだけど、あたしは朝の寝起きにスマホの画面をチェックする。

あの日の朝も、目覚めるなりスマホを手に取って「ふんふふん……」と、鼻歌まじりに画面をチェックしていた。

「えっ?」

突然スマホの画面がチカチカと激しく点滅し始めたのだ。

黄色や赤や黒、びっくりマークと髑髏マークやらが交互に表示されたけたたましい警告音まで鳴り出した!

何やらメッセージも表示されているがよく読めない。

なんなんだ、これは! あろうことかどこかのエロサイトが表示されている。

なんでこうなったのか訳はわからないけれどとにかくこの画面をなんとかしなければ、とあちこちキーを押してみるもなんの反応もない。

ただひたすらド派手な点滅と不気味な警告音を発し続けている。携帯がいきなり怪物に変身してしまったみたいだ。

 

おそらく、寝ぼけ眼で携帯をいじっているうちにどこかの危険なエロサイトにアクセスしてしまったに違いない。

ちょっと冷静に考えたらそこまではわかった。

でもそこまで。だからどうしたらいいのかが全くわからない。変なところをいじって変なところに行ってしまって、変なところから連絡がきて、変な人から脅迫されたり、高額な支払いを請求されたり、変な人から変なことされたりして変になっちゃったりしたらどうしよう!

変な妄想は延々と続いて膨らんでいく。

あたしは一人暮らし。家には相談できる人はいない。

友人に電話をかけて聞こうにもその携帯がこんなことになっている。

パニックだ! どうする、どうする、どうする!

 

そうだ、交番へ行こう!

なぜだか唐突に交番が思い浮かぶ。そこへ助けを求めに行くことにした。

数日前に交番の前を通りかかった時、若いすらっとしたお巡りさんが立ち番をしていたのだ。彼なら、なんとかしてくれるかもしれない。いや、してもらわなければ。

焦っているはずなのに身だしなみをしっかり整えて、携帯を握っていざ交番へ。

 

駆け込んだ交番であたしを迎えたのは若くてすらっとしたお巡りさん、じゃなかった。

ずんぐりむっくり、頭髪がずいぶん寂しくなっているけれど全体的にはかなり脂の乗った感じのするお巡りさんだった。多分50代後半。失礼だけどどうみても文明の機器に精通しているとは思えない。そんなおじさんお巡りさんが暇そうに立っている。こんな人に聞いて大丈夫かな……。

 

と躊躇するあたしを見咎めたお巡りさん。

「どうしました?」

「あ、あの、携帯がいきなりすごい事になっちゃって……。もう、どうしたらいいのかわからなくて。どうやってもこの画面が閉じられなくて、なんか大変な事になっちゃったらどうしようかと怖くなっちゃって。どうしたらいんでしょう?」

とギタギタに点滅して騒いでいる自分の携帯を差し出した。

「どれどれ?」

と、手にすることもなく面倒くさそうにスマホの画面を覗き込むお巡りさん。

しばし画面に見入っている。

「エ、エロサイトなんて開いた覚えはないんですよ。気がついたらこんなことになっちゃってて」

なぜか必要以上の言い訳をしてしまうあたし。

「ふぅん」

いや、ふぅんじゃなくて何かこう、解決策を早く教えて欲しいんだけど。困っている市民を助けるのがあなた達の職務でしょ。

内心やや逆ギレ気味にお巡りさんの助言を待つあたし。やっぱり彼に助けを求めたのは失敗だったか。昨日の若いすらっとしたお巡りさんだったらきっとすぐに解決してくれたんだろうな。あ〜、運が悪いなぁ。

 

「電源切ればいいんですよ」

「え?」

「だから、ブチって電源切ればいいの」

とあっさり宣った。

「え? ほんとですか? それだけで本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。切ればいいの」

そんなことで大騒ぎするなよ、とでも言いたげな顔だ。

どうも彼の言うことを素直に受け入れられない。本当に大丈夫なんだろうか?

もし彼の言う通りにして後で何かあったら警察に訴えるよ。

そうだ、何かあった時のために彼の名前をしっかり覚えていこう。

と、制服の胸にある名札を食い入るように見つめた。

不安でなかなか踏ん切れないあたしに、早く切れよと言わんばかりの圧力をかけてくる。嫌な感じだ。

「じゃあ、切ります」

と彼の目の前で携帯の電源を切って折り畳む。

これで本当に何かあったら絶対許さない。

「はいはい、じゃあね」

忙しい訳じゃなさそうなのに、いかにも邪魔とばかりに追い払われて家に帰る。

 

数時間後、恐る恐る携帯を開いて電源を入れてみた。

ごく普通に静かに画面が開かれ、あたしが何かするのをおとなしく待っている。

朝の毒々しい画面も脅迫めいた警告音も聞こえてこない。そんなことありましたっけ?

くらいの平穏なあたしの携帯。

数日経ってもどこからも変な人からの変な連絡や変な脅迫や変な出来事も起こらなかった。

彼の言う通り、電源をプチンと切って正解だったらしい。

 

おじさんお巡りさん、あなたは正しかった!

見た目で決めつけてごめんなさい。

さすがお巡りさんです。

 

後日、顛末を友人に話したら鼻で笑われた。

「そんなことで交番行く? 馬鹿じゃないの?」

はいはいあたしは馬鹿です。馬鹿でもいい。とにかくもしまた結婚することがあったら、あたしはパソコンやネットに詳しい人と結婚したい! と言ったら

「その前に、あんたは自分でもうちょっと勉強しようと言う気はないの?」

 

はい、ありません。