poihoi’s writing

ぽいほいの書き物

喧嘩療法、それは名医のとっておきの治療法と心得よ

精神を病みかけていた。

姑との関係が最悪になっていたのだ。

結婚と同時に夫の両親と同居したのだが、想像以上に大変だった。

価値観がことごとく違うことからくる衝突。

こちらが若いんだから譲ればいいものを……譲れない。

こちらが若いんだからあちらを立てればいいものを……できない。

夫は夫でのらりくらり、どちらの味方につくわけでもなく傍観を決め込んでいる。

 

優しいできる嫁になることを諦めたあたしは姑と全面的に戦うことを決意したのだ。

が、敵もさるもの。

優しい姑の仮面をかなぐり捨てて鬼の仮面に付け替えた。

ことあるごとにぶつかり合い、言い合い、双方譲らずの生活が続いたのだ。

戦いに疲れてきて、気持ちが沈んできた。

夫が味方についてくれないその家の中では、あたしは完全アウェイ状態。

気持ちの安らぐ場所もなく、どんどん気力がなくなってきた。食欲もなくなって口数も減ってきた。

友人がそんなあたしの状態を心配して、診療内科医を紹介してくれた。

名医と評判で、とても忙しい人らしいが友人のつてでなんとか診察の予約を入れてもらえたのだ。

あたしは一縷の望みを託して診察を受ける事にした。

 

診察当日、早めに家を出たのものの事故による電車の遅延で予約時間に間に合いそうもない。病院に電話して、10分ほど遅れてしまうことを医師に伝えておいてもらう事にした。

病院に着くと医師が一人、診察室で待っていた。

「遅れてしまってすみません」と言いながら診察室に入った途端

「予約時間に遅れてくるとは何事ですか! 僕はね、とっても忙しいんですよ。この後もテレビ局での収録があるんです。今日もお友達の頼みで無理矢理診察の時間を入れたんですよ。それを遅れて待たせるとはどう言う事ですか!」

といきなり大声で捲し立てたのだ。

びっくりして言葉が出ない。

確かに遅れたのは申し訳なかった。が、そのことは看護師に伝えたはずなんだけど……。

恐る恐るそのことを医師に伝えると、黙り込んだ。どうやら医師には伝わっていなかったらしい。

医師の機嫌は治るのか? それともやっぱりまた怒鳴られるのか?

オドオドしながら医師の顔色を伺いつつ、黙って待つ事にした。

 

数分して、どうやら気を取り直したらしい医師があたしに質問を始めた。

「それで、どういうことで思い悩んでいるんですか?」

「あなたの家族構成は? 仕事は? 普段は何をしていますか?」

畳みかけるように次々と質問を浴びせて、早く答えろと言わんばかりにあたしの顔を覗き込む。

早く終わらせたい気持ち丸出し。

 

なんだか段々腹が立ってきた。

こんな人に話を聞いてもらいたくない。

あたしは心を病んで、自分ではどうしたらいいのかわからないから診てもらいたくてきたのに……。なんでいきなり怒鳴られなきゃならないのだ?

と思うと話す気が全くなくなって、ダンマリを決め込んだ。

自分がしている質問に応えようとしないあたしの態度を見て、またまた激昂する医師。

「あなたねえ、僕に診てもらいたくてきたんでしょ? 」

「そんな黙っていられちゃ診断できないでしょ。ちゃんと質問に答えてくださいよ。あと10分したら出なくちゃならないんですから」

「さっきも言ったけど、僕は忙しいんですよ」

 

「もういいです。もう先生には診てもらいたくなくなりました」

言っちゃった〜!

医師の顔はみるみるうちに紅くなり、口から唾を飛ばしながらまたまた怒鳴り散らした。

「あんたみたいな非常識な患者は見たことがない! 知り合いから頼まれたからこの忙しい中時間とったのにその態度はなんなんだ! 」

いきなり立ち上がると診察室の扉を開け放ち、さらに叫ぶ。

「もう、診察代なんかいらない。とにかくとっとと帰ってくれ。全く、この忙しいのにあんたみたいなひどい患者の相手をしている暇なんかないんだ。全く不愉快だ。僕をなんだと思ってるんだ〜!!」

 

売り言葉に買い言葉。

「あたしも、あんたみたいな威張り散らす医者になんて診てもらいたくないですね。

心療内科でしょ? 心に傷を持った人を診察してくれるんじゃないんですか? それを偉そうにして、気に入らないからって怒鳴り散らして、それが心療内科医のすることなんですか? 信じられない。どれだけ有名だかなんだか知らないけど、あんたみたいな人にかかったらさらに具合が悪くなりそうですよ〜!」

 

修羅場と化した診察室。

怒鳴り声を聞きつけてやってきた看護師もびっくりして固まったままだ。

「もういい〜、とにかくとっとと出ていけ!」

「言われなくたって出て行きますよ。こんなとこ二度ときませんから!」

捨て台詞を吐いて病院を後にしたあたし。

クソ親父〜! あんなのに頼ったあたしが馬鹿だったわ。

怒りはおさまらず、足を踏み鳴らすようにしてズンズンと道を進む。悔しくて悲しくて涙が溢れていた。こんな気持ちのままじゃ家に帰れない。

怒りに任せてしばらく歩いていたら、トンカツ屋の看板が目に入った。泣きながらも急に空腹を感じああたしは吸い寄せられるように店に入る。

 

「ご飯大盛り! キャベツお代わり! ビールもください!」

美味しい。

大好きなトンカツをモリモリ食べたら、怒りも治って気持ちが落ち着いてきた。お腹もいっぱいになったせいか気力もみなぎってきた。

大声も出したせいか、スッキリした。

あれ? なんだか元気になってきたみたい。

これなら家に帰ってまた姑と戦える。

 

不思議だけど、あの医者と一戦交えたせいで元気が出てきた。

え? もしかして荒療治だったのかな?

しかもタダで診ていただいて。さすが名医、感謝します。

 

《終わり》