小糠雨降る靖国通り。
私の前を歩くおばあさん、なんと傘も刺さずに歩いているではないか!
しかも、両手に重そうな荷物の袋を下げている。
これは手を差し伸べねばなりますまい。
「よかったら一緒に傘に入りましょう! どちらまで行かれるのですか?」
「あらあら、すみませんねぇ。でも大丈夫ですよ。すぐそこの地下鉄の駅まで行けば雨に濡れませんから。あいすみません」
「とんでもない、ではすぐそこの駅まで傘に入っていきましょう。体を濡らしたら風邪を引いてしまいますよ」
半ば強引におばあさんの体を傘の下に入れ込んだ。
すぐそこ、といってもおばあさんの足では後2、3分はかかるだろう。
おばあさんを駅まで無事に送り出し、踵を返す。
さて、他に困っている人はないか!?
私はお節介マー。
世の中で、助けを求めているわけではないけど困ってそうな人を見つけたらお節介するのを使命としているそこらへんの者だ。お節介マーになるのに資格も資本金もいらない。微々たる勇気があればいい。
おっと、困っている人ではないがちょっと声をかけたほうが良さげな人発見!
キャラクターもののTシャツの下にジーンズ、スニーカーを履いた小柄な女性。その背中にはブランドもののリュックを背負っている。
その背中のリュックの口があんぐりと開いているではないか。
化粧ポーチやら、ノート、ハンカチ……などなど、どうぞご自由に! とでもいいたげに顔見せしている。取られなくてもそのうちにリュックからこぼれ落ちてしまいそうだ。
「お姉さん、リュックの口が開いていますよ」
振り向いて自分のリュックの口が大きく開いたままになっているのを見た女性は大慌て。
「あ、すみません。ありがとうございます」と恥ずかしそうに言いながらチャックを閉めた。
さて、私も電車に乗って目的地へ行かなければ。
「……え〜、それではこの件に関して今日のコメンテーターの……」
なんだ? どこかのニュース番組の放送のようだけどなぜそれが地下鉄の車内で聞こえてくるのだ?
「そうですね、この件に関しまして僕が思うのはですね……」
また聞こえてくる。どこからだ?
あたりを見回すと、すぐ目の前の人、の隣に座っている女性から聞こえて来ている。
彼女が持っているスマホから音声が漏れ流れて来ているのだ。
しかし、彼女は耳にイヤホンをはめている。
本人はイヤホンから聞いているつもりで実は音が外に漏れていることに気がついていないのだ。
それにしても、周りの人たちに聞こえていないはずないのになんの反応もない。
うるさいと思っているはずなのに誰も何も言わない。なんで?
トントン、とまず彼女の体を軽く叩く。
不思議そうなして顔を上げた彼女に「スマホから音が漏れているようですよ」と声をかける。
最初はなんのことかわからないようだったが、スマホのイヤホンを差し直して気がついたようだ。恥ずかしそうな顔をして「あ、ありがとうございます。すみませんでした」と声も身体も縮めてお礼を言われた。
そうだよね、言われて気がついた時は恥ずかしいよね。
でも、黙っていられたらもっと恥ずかしいよね。
空いた席に座り、ボーッとしていたら……乗り込んできた外国人男性に目が行った。ほんと、今の日本、外国人が多い。で、その外国人は背が高く足も大きい。
あの靴のサイズはどれくらいなんだろう、と目をやったら、左足の靴紐が解けているのを発見!
これは教えてあげないと危ないではないか。
がしかし、ここで私の弱点が一つ露呈する。
「靴紐が解けていますよ」を、咄嗟に英語で言えない!
早く教えてあげないと次の駅で降りて行ってしまうかもしれない。
そうだスマホの翻訳ソフト使おう!
ああしかし、文字を打ち込むのももどかしい。電車の中で音声入力なんてできない。
え〜と、えっと。
久しぶりに全神経を集中させておつむに血液を流れ込ませる。
くだんの外国人ににっこり微笑んで
「あ〜、ユーアーシューズライン……」
後はアイコンタクトで視線を靴に。
「オー、サンキュー」合点した外国人はにっこり微笑むとしゃがんで靴紐を結び直した。
お節介は時々緊張する。
おっと、見るからにおじいさんという風体の男性が乗ってきた。
車内にあいにく空席はない。ここはやはり譲るべきだろう。
「あの、良かったら座りませんか?」
おじいさん憮然として「けっこう!」と言い放つ。
「あ、でもどうぞ遠慮なく」
「けっこう! と言ってるんです!」
おお、久しぶりに出会った偏屈親父。周りの乗客もちょっと引き気味にこのやり取りを眺めている。はいはい、お節介の押し売りは禁物。こういう人もいると軽く流すに限ります。
「終点〜!」のアナウンス。
車両出口に向かうと、すぐ横のシートに座って眠り込んでいるサラリーマン風の男性が起きてこない。アナウンスでは目が覚めないくらい熟睡しているようだ。疲れているのね。
ほっといても見回りにきた駅員さんが起こしてくれるのだろうけど、通りすがりなのだから起こしてあげようではないか。
「終点ですよ」声をかけて体を揺する。
サラシーマン氏、ハッと目を覚ましてキョロキョロしたと思ったら脱兎の如く電車を飛び降りて消えてしまった。その素早い動きにはびっくりだ。
やれやれ。
さてさて、今日もお節介に明け暮れた一日だった。
おうちに帰って、ビール飲んでお節介魂をチャージしよう。
家に帰りついて肩のリュックを下ろしたら……。
なんと自分のリュックの口が大きくあんぐりと!
リュックの口を開けたままのお節介がリュックの口を開けっ放しの人に注意していたのか!
これぞお節介マー!!
《終わり》