今日は自分の好きな言葉。
「明けない夜はない」
この言葉を励みに、頼りに生きている。
ちょっと大袈裟かもだけど…。
シェイクスピア作『マクベス』の中に出てくる台詞から来ているらしい。
「The night is long that never finds the day」が英語表記だと。
どんなに悲しくて、寂しくて、辛くて、泣けてきて、絶望的な暗い暗い夜の闇でも、明日は必ずやってくる。明日は必ず陽が昇る。
そうなんだよ!
多分10年以上前。
交差点で信号待ちしていたら…
「すみません、ちょっと失礼かとは思ったんだけど。
後ろから見ていたらあなたのそのフクロハギがあまりにも立派なので思わず声をかけてしまったの。
いやあ、本当に立派で素敵だわ!
こんなにいいフクロハギの人ってそうそういないのよね」
といきなり声をかけられた。
大きな声でとても感激した様子で褒めてくれるんだけど、フクロハギを。
「いきなりごめんなさいね。
でも、とっても素敵よ。大切にしてね。
それでは失礼」
と言い捨てて去ってしまったご高齢の品の良さそうなご婦人。
人から褒められるって嬉しい。
いやしかし、とっても素敵な髪でもなく、素敵な洋服、でもなく素敵なフクロハギ…。
んんん。
複雑な気持ちになったのを今でも忘れられない。
今日は思い出ではない。
昨日起こったトラブル。
メルカリで二つ出品して売れました。
で、配送することに。一点は関東近県。もう一件は遠く北の国。
セブンイレブンに持ち込んで伝票に記入して、配送手続き。
料金を払って「じゃあお願いします」と店を出ようとして何気なくお兄ちゃんスタッフの手元を見たら…。
伝票をグシャッと束にしている。
なんとなぁく嫌な予感がして、不安になって声をかけた。
「あの、大丈夫? 二つあるけど、こっちとこっちと…」
「大丈夫です!」と遮るように言い切った。
あの時、嫌がられてもしつこく確認しておけばよかった!
と、その後大いに悔やまれたのも後の祭り。
翌日の夜、10時過ぎ。
お風呂にも入ってさあ寝ようかとのんびりしていたらスマホにお知らせが…。
メルカリからだった。
「今日荷物が届いたのですが購入したものと違うものが届きました」
と言う購入者からの知らせ。
予感的中だ!
当然もう片方にも違うものが届いているはず。
荷物が入れ違って配送されてしまったのだ。
もしや自分が間違えたのか、と伝票を穴の開くほど確認したが間違っていない。
あのスタッフが伝票を貼り間違えたのだ。
すぐさま着替えてセブンイレブンに駆け込む。
曜日も時間帯も違うので、あの時のスタッフはいない。
そこにいた若い女性スタッフに事の次第を説明して確認してもらう。
彼女は素早くオーナーに連絡を取り、事態を確認する。
やはりあのスタッフが伝票を貼り間違えたことが確認された。
とにかく、至急荷物を回収して正しい宛先へと再送してもらわなければならない。
二人の購入者へのお詫びと再送手配の説明などのやりとりに小一時間。
セブンイレブンのオーナーとやらの女性は、当初スタッフとだけのやり取りでことを済ませようとしていた。
そのスタッフが、なんのお落ち度もないのにオーナーに変わって「本当に申し訳ありません」と何度もペコペコと頭を下げる。
スマホを奪うようにしてオーナーに苦情を言う。
「本当に申し訳ありません」とそこで初めて詫びを入れる。
夜のこんな時間だから、あなたも寝るところだったんでしょうか?
「出てこいや〜!」
メルカリにも一報を入れてどうするべきかアドバイスを受けようと検索した。
お問い合わせ・困ったこと・誤配送についてなどなどキーワードを打ち込むも的確な解答は見当たらない。
電話の相談も受け付けていない。
最後に見た言葉が「取引の終わった配送については関知しません」だった。
つまり、自分でなんとかしろと言うことなのね。
わかりましたよ。
と言うことで詫びを入れ、荷物の返送先を伝え、それからの再送になる旨も伝え、ただひたすら謝る。もう、自分の信用はガタ落ちだ!
翌日。
セブンイレブン本社にクレームを入れた。
お詫びの返信と共に「これからは、お客様自身に伝票を貼っていただくことにいたします」
だって。なんか違う気がする。
その時になってメルカリから「違う品物が届いたという知らせがありました。そのような場合の対応としてこれこれこう言うことをしてください云々…」と偉そうに。
今更だよね。
「…こう言う経緯があって、とにかくもう自分で対応しましたから」と返信。
メルカリ、考え直そう。
あのスタッフには、きっちり責任とって欲しい。
いい加減な仕事するなよな!
割と穏やかに生きている最近だったけど、久しぶりに頭に血が上った!
数年前、20代前半に所属していた山岳会の人から「○○会創立60周年記念パーティー」へのお誘いを頂いた。
会を辞めてから40年以上のご無沙汰だった。
当時、会の代表をしていた、あたしにとっては特別の存在だったOさんも参加するとの話を聞き「参加」を即答した。
その日が近づくにつれ、自分の気持ちはウキウキ、ソワソワ、ドキドキと高まっていき同時に不安にもかられ、会いたい思いはあるけれど…というなんとも言い難い気持ちで迎えた当日。
会場では何十年ぶりの面々に迎えられ、懐かしがられ嬉し楽しい時が始まった。
けれど、あたしが本当に会いたかった人の顔が見えない。いない。
その気持ちを見透かしたのか幹事役のHさんが言う。
「大丈夫かなあ、彼はここがわかるかなぁ。もう、家は出ているらしいんだけどね」
不思議な顔をするあたしに続けて言った。
「彼はね、認知症になっちゃったんだよ。最近は、例会場所に来るにも迷ったりすることがよくあるんだ」
「あ、来た!」
その言葉に入口を振り返ると、憮然とした顔をして佇む一人の老人がいた。
杖をついている。
幹事役のHさんに促されて会場へと入り、あたしの隣の席に着いた。
「Oさん、ほら彼女だよ〜、懐かしいでしょ、来てくれたんだよ。」
あたしは彼の顔を見た。
彼もあたしの顔を見た。
あたしは唖然として言葉が出ず、彼は憮然としたまま言葉を発することはなかった。
彼はOさんであって、Oさんでない。
あたしの知っている、あたしの愛した男ではない。
認めたくない…ほど変わってしまっていた。
色黒で精悍だった顔はどす黒く頬はこけ、萎びた柿のようだった。
山で、よく転んで滑落しそうになったあたしを抱きとめて守ってくれた逞しかった体は、筋肉も脂肪も削げ落ちて二回りも縮んでしまっていた。
そして何より、その瞳の中にはあたしの存在を認めていないことがわかった。
「こいつは誰だ?」そう言っている。
あたしのことなど何一つ覚えていない。
聞きたいこと、話したいことはたくさんたくさんあった。
あれほどお互いに愛していたはずなのに、逃げるようにして会を辞めしまった言い訳。
その後の自分の、彼の過ごしてきた日々と近況報告。
今はどんな山に行っているのか。
あの時は、あんなこともあった、あんな山にも行った、あの山ではこんなこともあったね…。
Oさん、全然変わらないね。
いやいや、君も変わってないね。
ほんとにどこまで都合の良いオツムなのだ。
「こんにちは…です」
とあえて名乗ってみた。
無反応。
やめよう、もうこれ以上は自分が悲しくなる。
あたしは、一切の言葉を飲み込んだ。
パーティーが始まり、元代表とうことで彼がスピーチをすることになっていた。
司会者に促され席を立った彼だが、会場から二、三の話声が聞こえていた。
彼は少しの間黙って立っていたが、おもむろに「俺が話すんだ、静かにしろ!」と怒鳴ったのだ。
確かに若い頃から親分肌、よく言えば強いリーダーシップのある人だった。
でも、あの当時はこんなふうに怒鳴ったりはしなかったのに。
「歳をとると、その人の嫌な性格がより強く現れてくるようになる」
とどこかで聞いたことがある。
もう、あまりに悲しくて切なくて、一刻も早くこの場から去りたかった。
渋くてよく通る声で登山道を歩きながら歌を歌っていた彼。
「…ちゃん、…ちゃん」と声をかけ可愛がってくれた彼。
山行中にどんな窮地に陥っても彼がいる限り安心だった。
体力と的確な判断力と強さに溢れた理想の男性像だった。
そんな彼から口づけされ、身体を求められて。
初めての男だった。
あたしはあの時のことを今でもよく覚えている。
それが…。
老いることの残酷さをまざまざと見せつけられた。
それは、彼だけじゃない、自分もやがてはそうなるのだ。
一年後、「残念なお知らせです」
と言うタイトルでメールが届いた。
彼が亡くなったと言う知らせだった。
あたしの一つの時代が終わり、思い出が消失した。